経営と教育の仕事の線引き

日本語学校”裏”事情

私はよく教育機関の経営に対して愚痴を言うんですが、経営が不要だ、絶対悪だとは思っていません。都合がいいようですが。

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全ての要求は受け入れられない

教室は授業のためか、金のためか。4つの教室の形
以前このような記事で教室の形について触れ、ついでに経営をバッシングしていますが、どんな業種にも金の事だけを考える人は必要です。

教育のことだけを考えて学校運営を行うと、金銭面で必ず行き詰ってしまいます。

T1:教室をリフォームしろ
T2:設備を最新にしろ(黒板廃止、OHPやプロジェクターの導入、拡声器設置など)
T3:テキストを全て教師に貸与ではなく無料配布しろ
T4:給料上げろ

これら全ての要求を飲むと、矛盾が生まれます。リフォームしろ最新設備にしろと言っておきながら給料は上げろ、

ではその資金はどうするつもりなのか。客を増やすしかありません。しかし、客を増やすと今度は

T5:1クラスの学生数が多いぞ!1クラス15人までにしろ

と要求がきます。
テキストも貸与なところがほとんどですが、これを無料でくれよという要求もこの業界ではナンセンスです。なぜか、教師がすぐやめるからです

一般企業ならばもちろん領収書でおります。なぜ仕事のための本を自腹なのかと憤る気持ちもよーーーくわかります。
しかし、実際に半年、1カ月、3日で辞める教師、面接に来て初日をバックレる教師もいました。そして、それが後を絶たないのです。そんな人達にいちいち無料で恵んでいたら金がいくらあっても足りません。契約書に「退職する際には貸与された本を全て返却の事」とサインする案も浮かびますが、それを管理するのは彼らにとっては難しいでしょう。給与もまともに計算できないんですから

ちなみに、こんなアンケートをしたので、参考までに。

経営と教育の線引き

最初にも述べましたが、どんな業種にも金の事だけを考える人は必要です。しかし、それ以上でも以下であってもいけません。つまり、経営が教育方針に口出ししてはいけないということです。

この経営と教育の線引きが難しいところなのですが、例を1つ挙げてみましょう。

1クラスの人数制限

経営側としてはできるだけ客を多く入れたい。1人の教師が10人の学生に教えるのと、20人の学生に教えるのはどちらの方が儲かるかは子どもでもわかります。
昔は20人越えなんて当たり前で(今もありますが)、入管のチェックなんて適当で学生の質は酷いものでした。そんな中、教務が人数を減らしてほしいと言っても、経営は首を縦に振りません。”上様”にバレるまでは、ですが。

この例のように、よりよい教育をしたい教務より稼ぎたい経営は対立します。教務がテレビの演者なら、経営がプロデューサーでしょうか。どちらも不可欠な存在ですが、やはり軍配は金の出どころ、プロデューサーに上がります。
経営もバカではないので、教務の意見を汲み取り、方針を妥結します。私はそれでいいのではないかと思うのです。何をするにも金は必要です。

経営の口出し

方針を妥結して終わればいいのですが、終わらないから問題なのです。教育素人の経営陣が完全に教育に線引きされるものに対して意見する。「漢字はこう教えろ」「このテキストを使え」などと教えたこともないのに教師に自分の教育論を押し付ける。

こうなるともう本当にダメです。教育機関としてうまく機能せず、”死んでしまいます”。

組織を運営していく上で対立し議論する相手というのは必要です。与党に対しての野党のように、教務に対しての経営のような関係は必要ですが、過干渉は教育をだめにしてしまいます。

学校を経営している人に是非この記事を読んでいただきたいのですが、残念ながらこの時間、彼らが読むのは『金が転がってくる経営論』『金の成る会社』『俺の社長道』といったうさんくさいビジネス書です。

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