お坊さん・お祈り・ラマダン・肉、日本語教育機関の宗教問題

日本の日本語教育機関には、宗派上の課題が多くあります。しかし、そのどれもがまだそれほど認知されておらず、同時に日本語教育従事者の知識不足もあります。教師や学校、つまり指導・管理する側だけでなく、周りの人が宗教的な制限に合わせる必要も出てくることが予想されますが、私達、日本語教育従事者は今後どのように振る舞えばいいのでしょうか。

お坊さん・お祈り・ラマダン・肉

ミャンマーやタイのお坊さんは偉いです。同じ高さで普通に話してはいけないほどに偉いのです。日本のテレビ番組がタイのお坊さんと同じ席にかけて話していると通訳から指導が入り、地べたに座らされるという場面を見たこともあります。
日本のお坊さんとの扱いとはかなり異なります。

最近はミャンマーやタイのお坊さんも日本語教育機関で見られるようになりました。街でもちらほらといった感じですが、まだかなり数は少ないです。彼らはお酒や女性との接触を禁止されています。飲み会に誘われれば断ればいいだけなのでお酒は問題ないのですが、女性との接触はどうでしょうか。授業中にインタビュー活動をする際は?校外学習での配慮は?

また、授業中にお祈りをする留学生は特別に授業を抜け出しお祈りをしてもいいのでしょうか。その際、授業は中断すべきか、そのまま続けるべきか。

ラマダンでふらふらになり欠席した学生を、状況に配慮し特別に出席扱いにすべきでしょうか。ラマダンは宗教上のことですが、では、出稼ぎで働きまくって食事をしていない留学生もふらふらなので欠席しても出席扱い?宗教上のことではないので欠席?

日本でも適用されるべきか否か

海外では〇〇だったので日本でも〇〇というルールを適用すべきか、という問題があります。

「お坊さんの対応についての注意」が出された学校がありました。様々な注意が書かれていましたが、仏教徒ではない教師や他の学生はその当該学生を特別扱いした方がいいのでしょうか。
また、お祈りが許可された学校と許可されていない(お祈りするなら欠席扱い)学校も知っています。

実際に日本語教育従事者はどう思っているのか、Twitter上でアンケートしたものを載せます。

認めるべきとする人が多数のようです。
ただ、恐らくですが、機関を管理する立場、経営者は認めるべきではないという意見なのではないかと思うのです。なぜなら、いろいろ面倒だからです。

そこで働くだけの者ならば上が決めたことに従い授業を中断するなり、そうした場合のスケジュールに合わせて授業を行うだけですが、管理者はそのスケジュールを作ったり、お祈りスペースを設けたり、と考慮するべきことが盛りだくさんです。そして、問題が起こった場合、責任を負うのは管理側、学校側にあります。働くだけの者は、ありていに言ってしまえば無責任な立場なのです。

日本人の宗教観

日本人、特に若い人は無宗教の人が多く、神社と寺の違いもあやふやな人が多いです(ちなみに留学生もほとんど知らない)。新興宗教や海外の宗教による紛争、テキトーに取り入れた混在する宗教のせいで、日本人にとって宗教とは「怖い」や「よくわからない」という印象ではないでしょうか。

「お祈り?なにそれ?そんなの必要ないでしょう?やるっていうなら欠席ね」

というのもわかります。なぜならここは日本であり、日本ではそんな習慣がないからです。郷に入っては郷に従えという言葉もあるぐらいです。また、

「お祈りは許可するべきだ。ラマダンやお坊さんにも配慮した予定作りをしないとダメだ。外国にいるとはいえ、個人の宗教や価値観を尊重しないなんて時代錯誤もいいところ」

というのもわかります。日本にいるからといって彼らのアイデンティティを無視していいものでしょうか。日本の鎖国は終わったのです。

特別扱い

大変なのが、他の”無宗教の”留学生の対応です。

S:先生、△△さんは今教室にいません。でも出席ですか
T:ラマダンっていってね、大変だk
S:ダメです。私もアルバイトで大変です。明日休みますが、欠席にしないでください

S:先生、〇〇さんはお祈りで外に行きました。私(お祈りをしない留学生)もお祈りに行って来てもいいですか
T:ダメです。あなたはお祈りしなくてもいいでしょう?
S:どうしてわかりますか。私もします

確かに、その留学生がお祈りをするかどうかはその場ではわかりません。かといってその場の判断で許可してしまえば「私も」「私も」が出てきます。

お祈りをするS:先生、お祈りが終わったので、私がいなかったところをもう一度教えてください
T:はい、じゃ、もう一度同じ授業をします
他のS:さっき勉強しましたよ。同じ話を聞きたくないです

これは授業を中断しない場合ですが、次は中断した場合です。

お祈りをするS:先生、お祈りに行ってきます
T:はい、じゃ、皆さん、少し休みましょう
他のS:私達は早く勉強して早く帰りたいです。関係ないです。授業をしてください

あちらを立てればこちらが立たぬ、しっかりした指針がないままやっている学校が多いのが現状です。

日本社会でも避けられるものとそうでないもの

ラマダンは飲食をしないだけなので、外部に迷惑はかかりません。
飲食関係でいうと、牛や豚が食べられない宗教もあります。これも基本的には問題ないのですが、校内でパーティー、またはオープンキャンパスを行う際には気をつけなければなりません
料理に入っていないからといって安心はできません。調理器具で肉を切ったり置いたりしただけでアウトです。『ハラルonly!』みたいな看板を設けたりしてもいいと思いますが、特定の肉のみを排除し切るというのは、その知識がない人にとっては大変難しいものがあります。

「これぐらいいいだろ」が大問題に繋がるのです。

これからの日本語教育機関

これまでの日本語教育といえば対中国や韓国、台湾の人達でした。彼らも日本人同様、敬謙な人はあまりいないので、上記のようなことは起こっていませんでした。
しかし、もうそんな状況ではないのです。

これから日本の労働者不足は深刻になり、日本に住む外国人は増え、ムスクも毎年増えています。ハラル製品を扱う店もよく見るようなりました。飲食やコンビニなどのサービス業で外国人を見ない店はありません。

ここで紹介した宗教上の問題は数例にすぎません。他にもたくさんあります。今後、このような問題は確実に増えます。

日本語教育はこのままでいいのか、本格的な議論がなされ、対策を講じるべきではないでしょうか。

付記

宗教は宗派や国によって戒律が異なります。例えば「女性との接触が禁止されているお坊さん」はそうでない人もいますし、ラマダンやお酒についても戒律がゆるい人もいます。
ここで書いた戒律は私が実際に見聞きしたものに限ったものであることをご了承ください。

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