日本語学校や専門学校で働くうえで、直面するのが進路指導です。
以前、「進路指導課」の設置を提唱しましたが、依然進学指導は日本語教師の仕事です。
その中でも厄介なのが「大学院」への進学指導。
大学院って、何をするところなのでしょうか。
大学院の制度
大学院には修士課程や博士課程がある、というのはなんとなくご存じかもしれませんが、どのように違うのでしょうか。
修士課程?博士前期課程?
実は、大学院によって課程の分け方が様々なのですが、一般的には修業年限が2年の課程を修士課程、修業年限が5年の課程を博士課程と呼んでいます。
そして、博士課程をもつ大学院の一部は、その過程を2年と3年で前期と後期に分け、前期部分を博士前期課程、後期部分を博士後期課程と呼んでいます。さらに、博士前期課程を修士課程と呼ぶ大学院もあります。
博士前期課程(またはそれと同等の修士課程)を設けている大学院は、前期修了時に修士論文を課し、認められれば修士号を授与することが多いです。
修士博士早わかりまとめ
つまり、まとめると大学院はおおむね以下のどれかの課程制度を取っていることになります。
- 修士課程のみ(修士修了で修士号)
- 修士課程と博士後期課程(修士修了で修士号、博士後期修了で博士号)
- 博士前期課程と博士後期課程(博士前期修了で修士号、博士後期修了で博士号)
- 博士課程のみ(博士修了で博士号)
学生が「大学院へ進学したい」と言って来たら、どこまでの学位を修めたいのかによって、進学先を選ぶ必要があります。
なお、専門職や医学系は別の課程をもっている大学院もありますので、この限りではありません。
大学を卒業していないけど…
大学を卒業していない場合でも、大学院を受験できるのでしょうか。
答えは「場合による」です。
日本の大学院を受験するには、4年制大学を卒業し「学士」の学位を得る、というのが一般的なルートです。(日本の4年制大学は卒業すれば「学士」が授与されます)
ただ、特に留学生の場合、国によって教育課程は様々なので、日本の「学士」に相当する学位や学力がある者、既定の年数の教育課程を修了した者、また大学や研究科が特別に認めた者は、受験を認められるケースがあります。
とはいえ、国や日本で大学を卒業していない場合、受験が認められるケースは稀だと思います。「入学」ではなく「受験」です。つまり基本的に大学を卒業していない場合は出願要件を満たさない、出願すらできないことになります。
大学院は何をするところなのか
大学院へ行ったことがない人は、いったい何をするところなのか、想像がつきにくいと思います。また、進学を希望する学生もよくわかっていないことが多いです。
ただ、一口に大学院と言っても研究科によって本当に様々で、理系と文系でも大きく異なります。ここでは、都内の文系の大学院修士課程の、大学院生ライフの一部をご紹介します。
修士1年生=大学5年生ではない
「大学を卒業したから次は大学院に行きたい」という学生が特に中国の学生に多くいます。
中国の大学院は経験していないので、断言もできず推測止まりですが、彼らの話を聞くに、どうやら大学院まで行かないといい給料がもらえない、だから大学を出たら大学院へ進学する、というのが定説のようです。しかし、日本の大学院は大学の延長で行く場所、と思っているとちょっと違います。
必要取得単位数の違い
まずは、卒業までに必要な単位数を見てみましょう。
日本の大学は、4年間で124単位を取らなければ卒業できない、と法令によって定められています。
一方、大学院の必要単位数は修士課程は2年間、博士課程は5年間で30単位です。
大学院は、出なければならない授業というのは大学に比べてはるかに少ないのです。
では、大学院生はいったい何をしているのでしょうか。
大学院=研究する場所
大学は、講義に出て、先生の話を聞いて、勉強して、試験を受けたりレポートを書いたりする、というイメージが強いと思います。
卒業の要件に卒業論文の執筆を課している学部も多く、ゼミに参加して発表や論文執筆を行う場合もありますが、単位の面から見ればそれはわずか数単位、必要単位数の10分の1にも満たない割合だと思います。
一方、大学院でも講義や試験・レポートがありますが、その数は先述の通り大学に比べたら圧倒的に少ないです。また、必要単位数のうち3分の1程度がゼミや論文にかかわるものだったと記憶しています。(もちろん、研究科によって異なると思います)
講義がないときは何をしているかというと、論文執筆のために調査をしたり、文献を読んだり、資料をまとめたり、等々…。空き時間を効率的に使わないと、とても2年間で修士論文は書き上げられません。
ほかにも、様々な研究会や勉強会に参加したり、大会で発表を行ったり、研究科やゼミで合宿や勉強会をしたり……大学生のような「キャンパスライフ」とはちょっと違う生活を送ることになると思います。
そもそも、大学は設置しているのが「学部」であるのに対し、大学院は「研究科」であるところからも、大学院は勉強ではなく研究する場所であることがわかります。
修士論文・博士論文の意味
大学で書く卒業論文は、テーマに関しては自由度が高く、自分が興味のあることについて、文献を調べたりアンケート調査をしたりして書き上げればよい場合が多いです。
一方、大学院において課せられる修士論文や博士論文は、興味があることを調べて書けばいい、というものではありません。
大学院で執筆する論文は、その大学・研究科が認めたものとして一般に公開されます。その学術分野の研究成果のひとつとしてこの世に登録されるわけです。「興味があるから」「知りたいから」という理由は学術的に認められません。もちろん、そこが原点であってもよい(し、そうでなければ研究を続けるのは苦しい)のですが、「その論文(研究)がその分野にどのように貢献するのか」が明確でないと、論文としての価値が認められないのです。
自分の中にある問題意識からテーマを立ち上げ、先行研究を踏まえて新しい視点や研究方法を提示し、調査等を行い、得られた結論と今後の課題を述べる。すでに分かっていることを調べたりまとめたりしても研究的価値はありません。自分の中にある問題意識から、まだ明らかになっていない研究課題を設定し、的確な方法で調査し、結論を出さなければなりません。
この「自分で研究課題を設定する」という部分の認識が甘い学生が多いです。先生に知識を教えてもらう、という感覚でいると、大学院を卒業するのは難しいですし、そもそもで書類や面接で落とされてしまうことになるでしょう。
大学院入試で問われるもの
大学院の入試も、大学・研究科によって形態はさまざまですが、書類審査や筆記試験、面接が行われることが多いようです。
書類審査(研究計画書)
ほとんどの大学院では、書類審査の段階で研究計画書を提出する必要があります。
これは、簡単に言えば「大学院に入って研究したいことを説明する書類」です。問題意識、研究テーマ、研究目的、研究方法、先行研究などを記します。
進路指導をするなかで、この研究計画書の添削等を行ったことがある先生も多いと思います。
研究計画書を審査するうえで大学院側が見ていることは、以下の三つだと考えられます。
- 受験者が問題意識を持っており、それが研究科に合っているか
- 問題意識からテーマを立ち上げ、先行研究も踏まえながら、研究目的や方法、結論の予測、その有用性などを論理だてて考えられているか
- 自分の中にある考えを、わかりやすく理路整然と文章にまとめることができているか
どの点に比重を置いて審査するかは研究科によると思いますが、修士課程の場合、2年間で修士論文を書かなければなりません。2年で論理的思考や考えを文字にする力を一から養っている時間はないので、下地がなければ合格は難しい、ということです。
また、そもそも受験者自身が問題意識を持っていなければ、研究に踏み出すことすらできません。問題意識とは、自分の中にある「これについておかしいと思う、こうじゃないか、こうあるべきだ」といった、考えや信念のようなものです。研究テーマは研究科に所属してからブラッシュアップしていくことができますが(入学後、テーマを変えられない科もあるかもしれませんが)、根幹となる問題意識がないと、研究をしていくことはできません。
研究計画書のほかに、志望動機や自己紹介(これまでの学習についてなど)を課している場合もあります。いずれも、上記三点を見るためのものだと考えてよいでしょう。大学でどのような勉強をしたか、どのような卒業論文を書いたかを問われる(または論文そのものを提出する)場合もあります。
筆記試験
筆記試験は、一般的な学力を測る問題の場合と、論述形式で研究科のテーマに沿った小論文を書く場合があります。
入試の形式は研究科によって大きく違い、また留学生枠なのか一般枠なのかでも違ってくるので、よく確認する必要があります。
英語の試験を課す研究科も多いので、英語が苦手な学生はその点も注意が必要です。
面接
面接では、志望理由やこれまでの学習経験を問われたり、研究計画書についての質疑応答などが行われたりします。
留学生の場合は、日本語母語話者に交じって授業を受けたりゼミに参加したりできるかどうかも見られていると考えてよいでしょう。
また、修士論文を提出する際には「口頭試問」といって、主査や副査の教授たちの前で自分の論文について説明し、質疑応答をする面接試験のようなものがあります。
したがって、研究内容のようなアカデミックな内容について、しっかり日本語で自分の言葉で説明できるか、質問を聞いて的確に答えられるかも、入学するうえで重要になってきます。
留学生の大学院進学事情
ここまでは大学院の骨組みのようなものを話してきましたが、ここからは、実際に留学生に大学院指導する現場、実情をお話しします。
日本語能力試験N3レベルぐらいで大学院に入ろうとする学習者がかなりいます。「院に入るにはJLPTはどれぐらいが必要ですか」と聞いてくる学習者すらいますが、論外です。まともな大学院でJLPTを要求しているところはあまりありません。なぜなら、日本語が話せて書けて読めて当然の世界だからです。N1が必要というよりも、当たり前過ぎて要求すらされていないのが大学院です。
「先生、私はどこの研究科がおすすめですか。どこでもいいので大学院に入りたいです」と聞かれたら以下のように返しましょう。
「あなたにはまだ相当な時間が必要です。専門学校には大学院指導を専門とするところがたくさんあるので、その中から自分が興味のある学校にまずは進学しましょう」
日本語教師が添削できる研究計画書の限界
日本語教師の専門は日本語教育です。政治や経済、AI技術やエンターテイメント、自動車、宇宙、植物、芸術、介護の専門知識についての研究計画書のお手伝いには限界があります。
「先生、研究計画書を書くのを手伝ってください」と言われたら「専門知識はないけど日本語のチェックならできるから、それでもいいならやるよ」と答えるのが正解です。一人一人大学院指導を本気でやっていたら、他の業務に支障をきたします。
塾の存在
最近では留学生向けの塾が台頭してきています。それら塾では大学院を見つけるところから、研究計画書・面接の指導等々を行っています。経済なら経済系、音楽なら音楽系の専門の人がいて、指導しています。
指導員は留学生の国籍と同じ国の人が教えており、日本人はめったにいません。ですから、塾で書いた研究計画書を私に見せに来て、「これ、中国人の先生と書いたものですが、日本語の文法と単語だけチェックしてください」と言ってくる学生がいます。実際日本語は結構間違いが多いので、要注意です。日本語が完璧だったことは一度もありません。
塾といえば中国人と思っている人もいますが、近ごろは非漢字圏の留学生向けの塾も増えています。国籍はベトナムやミャンマーなどです。募集はFacebookでやっており、そこで集めた20人にzoomで指導するというものです。先生はやはり難関大学を卒業した人、現役の人のようです。
まとめ
以上、大学院についてまとめてみましたがいかがだったでしょうか。
日本に住んでいても、大学院まで進む人はそんなに多くないので、身近に大学院出身者がいないという人も多く、なかなかイメージがつきにくいかもしれません。「〇〇によって異なる」という表現を多く用いましたが、研究科によって入試内容も入学後の研究方法も様々です。
学生自身が本当に自分にあった進路が選べるよう指導していくために、参考になれば幸いです。
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