『日本語教育機関では日本の習慣も教えている、教えなければならない』
本当に教えきれているのでしょうか。教師が気にせず流してしまっている習慣とは?
教えきれてない『習慣』
習慣とは
しゅう‐かん〔シフクワン〕【習慣】 の意味
2 その国やその地方の人々のあいだで、普通に行われる物事のやり方。社会的なしきたり。ならわし。慣習。「盆暮れに贈り物をする習慣がある」
デジタル大辞泉にはこのようにあります。日本へ来たばかりの日本語学習者に教えるのは実に大変です。駅前の自転車、刃物の携帯、アパートでのマナーなど、多くの教師が教えているはずです。
しかし、私はそれでは足りないと思うのです。その不足分はあまり緊急性を要しないものもありますが、間違いなく問題を生む可能性があります。
物を借りる際の一言
学習者間でこんなことがたまに起こります。
S1:・・・(消しゴムを隣の人に借りる)
S2:え?どうして使いますか!私の消しゴムでしょう?!
S1:え?ははは
S2:(消しゴムを取り返し、S1を小突く)
S1:おい!
喧嘩スタート
このように、親しい間柄(この場合クラスメイト同士)で物を借りる際には何も言わないのが当たり前、という考えの人も少なくありません。
①物の借り方とその際に用いる表現、②穏便に返してもらう表現、この2点を日本語でどういえばいいかを学生に教えておけば衝突は回避されたでしょう。
挨拶の使い分け
自分より目下だからといってあきらかに粗暴な態度で挨拶してみたり、目上に対し過剰なまでに敬意を示した挨拶をする学習者もいます。前者は、目下であっても親疎の疎に当たる場合はちゃんとした挨拶をした方がいいでしょう。
そもそも挨拶をしない、または、日本とは挨拶の形式が違う国の人もいます(日本は挨拶を特に大事にする国だと言われている)。例を紹介する前に挨拶の種類をいくつか紹介したいと思います。()内は直訳したものです。
- 天気を表す:good morning(いい朝)・Bonjour(いい日)
- 再会を表す:またね・ザイチェン(再会しよう)
- 気遣いを表す:アンニョンハセヨ(「アンニョン」は「安寧」、「ハセヨ」は「になさっていますか」)・how are you?(元気ですか)
- 詮索を表す:How are you doing?(どうしてる?)・チーファンラマ?(ごはん食べた?)
下のものほど相手との距離が近いものとなります。
それでは、いくつか私が学習者に言われた例を挙げます。
S:先生、ごはんを食べましたか
S:昨日何をしましたか
「ごはん食べた?」は誇張なし毎日聞かれます。
これらは挨拶の種類の一つ、詮索です。日本ではあまり用いられない挨拶の種類です。
食事行為の有無を尋ね、「いいえ」と答えると日本ではその後「じゃ今から食べに行かない?」と続く誘いの表現になり得ます。しかし、これら”質問”は学習者の国では単なる挨拶で、相手が何と答えるかはどうでもいいのです。
日本人がよく”how is it going?” “how you doing?”と聞かれ、何と答えていいかわからないと言っているのと似たようなものです。現地の人は「適当でいいんだよ」と言いますが、その適当がわっかんねえんだよ!と怒った当時の私。
「学生の挨拶に対してまで言及する必要はない。気にしすぎだ」と考えるのは”学校”という社会でしか考えていないからです。上のようなことばを会社の上司に”挨拶として”は言いません。
部下:あ、部長、おつかれさまです。ごはん召し上がりました?
部下:おはようございます。部長は週末何をなさったんですか。
学習者の国に関すること全てを調べるのは無理に近いですが、何か問題が起きた際は、「なんであの学習者はいつもあんな態度なんだ!でも、向こうではこれが当たり前なのかも」と一度思考を止めて、学習者について調べてみるのも一つの手です。
質問の内容
日本は本当に面倒で、相手に聞いてはいけないこと、質問の際に用いてはいけない表現というものがあります。
上のものほど許容されにくいです。
てあげます
S:先生、荷物持ってあげますよ
「てあげる」は目上には使えません。「てさしあげます」と丁寧にしても無駄です。
>>「てあげる」
たいですか
S:先生、コーヒーを召し上がりたいですか
のように、目上に欲求や願望を聞くことは日本語では憚られます。
>>「たいです」
怒っていますか
S:先生、怒っているんですか
目上に感情を聞くことは日本語では憚られます。
できますか
S:先生は英語が話せますか
目上に可能かどうかを聞くことは日本語では憚られます。
>>「できます」
これら4つは不適切な質問例です。しかし、どれも初級で教えるものばかりです。
気にしないという教師もいるでしょうが、話は日本です。「私は気にしないから教えなくてもいい」ではなく、「私以外の気にする日本人と学習者が衝突するかもしれない」と思ってください。
身体接触
これもたまにですが、同僚がこのように私に相談してくることがあります。
T:先生は学生に触られたらどうしますか。触られたことがありますか。
男子学生が女性の教師に触るというのは、接触者が外国人であろうと、学生であろうと、その者が何者であるかにかかわらず、日本ではあるまじき行為です。普通の会社なら、<客からのセクハラ行為>による事案で客(学生)を訴えることができるほどです。
身体接触は上の立場の者から下の立場の者ならば普通に行われます。例えば、教師が学生に肩を叩きながら「頑張って」というような場合ですが、その逆、下が上に対しては行われません。
目上に対する褒め
近年の若い人にはあまり意識がないように思いますし、気にする人も減ってはきていますが、念のため。年配の方で気にする人もいるでしょうから。
日本では目上に対し、褒める行為はしない方がいい、とされる場合があります。
〇目上➔褒め➔目下
✕目下➔褒め➔目上
褒めるとは、自分の価値観に照らし、それが上か下かを判断することを述べる行いなので、「先生の新しい髪(髪型)はいいですね」「先生の時計、すてきです」と装飾品などに言及するのは年配の方でも嬉しいはずですが、
S:先生はずいぶん歌が上手ですね
S:先生はかなり英語が上手です
のように、能力に触れる発言、しかも「ずいぶん」「かなり」といった表現まで付けて相手を評価すると、怒る人もいるかもしれません。
S:先生はきれい/ハンサムです
学生がよく言う言葉です。これぐらいはまだいいですが、これがいきすぎると問題になり得ますので、注意が必要です。相手の領域に踏み込まない言い方というのもあるので、そちらを紹介してもいいでしょう。以下2つはその例。
- 大変勉強になりました(話を聞いた後に述べる)
- 私にはとても真似のできないことです
学校外の社会で考える
全てに言えることは、学校という狭い社会で考えないということです。学校内ならば別に気にするようなことではありません。実際私だって、学習者に何を食べたか尋ねられても、昨日の行動を問われても気にも留めません。しかし、大切なのは「この挨拶が校外で行われたら?」と考えることです。
しつこく「その質問、日本では不適当よ!」と言う必要はありませんが、言うタイミングはあります。「~たいです」「~てもいいですか(物を借りる際の表現)」はどちらも初級前半で学ぶものですが、その時点で上述のような説明をしても伝わらないし、学習の妨げにもなるので教えなくてもいいです。
しかし、例えば『会話』『コミュニケーション能力』といった授業、または卒業間近の授業で時間が余った時などに
T:皆はよく先生に〇〇という質問をします。これは皆の国では軽い挨拶だけど、日本では質問になって、相手を詮索することになるから、気をつけてね
と一言言ってあげるといいでしょう。
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