授業中のご褒美で引き起こされる問題とその対策

日本語教育機関、ことさら初級ではご褒美としてお菓子や雑貨を与えるということがしばしばあります。このご褒美の是非について、私自身の経験と心理学の見地から考えてみたいと思います。

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ご褒美とは

一番わかりやすいのは、初級の活動後に与える物品でしょう。
ゲームを行った後、勝ったチームなり個人に褒美を与える、学生喜ぶ、というのを行う場合のデメリットで思いつくのをいくつか挙げてみます

次回活動を行う際、ご褒美がないと学生のやる気が出ない。これがクセになると面倒
②ご褒美を与えられなかった側のケアが大変
③与えるとご褒美を奪い合うケンカが起こる(活動が白熱しすぎる)
④教師の財布を蝕む費用(領収書不可)
⑤授業終了時間ぴったりに終われればいいが、そうでなければ授業中必ず飲食するし、もらったご褒美の品定めでざわつく

これらは全て私が以前、授業を盛り上げたくてご褒美で学習者を“釣っていた”頃起きていた事例です。

②③についてですが、学習者にご褒美をあげると、ご褒美を求めて学習者が ×楽しんで ×勉強して 〇争って しまいます。

争うだけならまだいいです。実は最も危険なのが①です。これについては実験があるので、以下の実験内容をご覧ください。

内発的動機付けの実験

内発的動機は日本語教育能力検定試験でも出る言葉で皆さんもご存知だと思います。外から強制された動機(外発的動機)ではなく、自身がやりたいと思う動機のこと、平たく言うと「やる気」です。この動機で行う行為に対して報酬を与えると、報酬を与えられた人とそうでない人の内発的動機に違いが出るか、という実験があります。

実験の対象:皆、絵を描くのが好きな幼稚園児
対象グループA:上手に絵を描いたらご褒美をあげると予告され、実際にグループ全員にご褒美をあげた
対象グループB:上記の予告はされていないが、グループ全員にご褒美をあげた
対象グループC:上記の予告はされておらず、グループ全員にご褒美をあげなかった

数日後、ご褒美の予告をせずにABCの子どもたちに色鉛筆を与えたところ進んで絵をかいたのはCグループで、BとAはCの半分くらいしかいませんでした。つまり、元々絵が好きで何ももらわなくとも積極的に絵を描いていたのにご褒美をあげたことで被験者のやる気(内発的動機)が下がってしまった、ということです。

これは有名な実験で、子育てにもよく引き合いに出される話です。

大学生を対象にした実験

日本へ来る留学生は大学生程度の年齢層が多いです。それでは、大学生ではどうでしょうか。上と同じようなことが起こるのでしょうか。

デシ(Deci, 1971)という人が大学生を対象に同じような実験を行いました。

被験者をAグループとBグループにまず分けました。両方にパズルをするよう指示しましたが、それぞれ

Aグループ:パズルが解けたら金銭的な報酬がもらえる
Bグループ:何もなし

という違いを持たせて実験を行いました。実験終了後、自由時間を設け、パズルを行うかどうかを観察したところ、Aグループはパズルに手を付ける時間が減りました。報酬が出ないのならやる価値はない、となったのでしょう。

このようないわゆる「やる気がなくなる」現象のことを内発的動機づけの減退効果と呼びます。

二人の教師の争い

クラスの活動でお菓子を与えた教師が与えない教師と争うことがあります。

「お菓子を与えるな。オマエがお菓子を与えるから、私(はお菓子をあげないから)の活動で盛り上がらないだろ」

自分の活動が盛り上がらないのを人のせいにするのはあまりいいものではありませんが、心理学上、正論ということになります。

私も、あげるのを止めて以来、時々こう言われる事があります。

T:ゲームをしましょう
S:プレゼントはありますか
T:ないよ
S:え~~、じゃ、しません。〇〇先生はいつもあげます

恒常的にプレゼントを買い与える教師はこんな事を言われたことがないでしょうが、与えていない教師はこんな事をしょっちゅう言われていることを知っておいてほしいものです。

そして、できることなら、私も昔組んでいた方々に謝りたいです。ご褒美あげててすみませんでした、と。

確かにご褒美をあげると、”一時的に”学生のやる気を引き出すことはできるでしょう。しかし、それでは根本的な解決になっていないのです。

活動が盛り上がらない理由とご褒美の代替品

他にも原因として可能性が高いのは最初のルール説明が下手というのも考えられます。ルール(やり方)のわかっていないゲームなんてつまらないに決まっています。第二言語ならなおさらです。

  1. 活動をできるだけシンプルに
  2. 活動開始前に、できる学生と教師で必ず例を示す

この2つを守れば活動の成功率は跳ね上がります。

それから、大変残念ながら、そもそも内発的動機のない学習者も存在します。実験では「絵を描くのが好きな子ども」でしたが、これを日本語教育に言い換えると、「日本語を勉強するのが好きな学習者」となります。初級は玉石混交、好きな者ばかりではありません。
そこでご褒美の代替品として「拍手」や「称賛の言葉」があります。活動で上手にできた人、勝った人に教師が

T:はい、じゃ皆さん、S1さんに拍手(拍手するG)

と言ったり、

T:S1さん、上手でしたね!

と言葉でご褒美を与えるのです。当然ながら物よりも価値は下がりますが、過剰に白熱させたり、次回活動時の内発的動機に影響をさほど与えないという意味では非常に有効な手段の一つとなります
言葉は慣れるのも早いですが、活動後に何もないというのも変な感じがするので、これぐらいはやってあげてもいいでしょう。

結論

以上のことより、ご褒美はあげない方がいい、という結論に至ります。もし初級クラスを一人で全曜日教えているのでしたら問題はそれほどありません。

授業を盛り上げたくて学習者を“釣っていた”頃の5つの事例は話しましたが、中でも
①次回活動を行う際、ご褒美がないと学生のやる気が出ない
は繰り返しになりますが、かなり危険です。ご褒美がないと、「ええ、何もないんですかあ~」と彼らは正直に言います。ご褒美なんかなくても、しっかりルールを作成し、準備を怠ることなくシミュレーションをやっておけばうまくいきます

活動なりゲームは、内容に力を入れるのももちろん大事ですが、どうやってルールを説明するか、ということも忘れずにしっかり準備しておきましょう。

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コメント

  1. 数日後、ご褒美の予告をせずにABCの子どもたちに色鉛筆を与えたところ進んで絵をかいたのはAグループで、BとCはAの半分くらいしかいませんでした
    ↑進んだ絵を描いたのはcグループの間違いではありませんか??

    • 訂正しました。ご指摘ありがとうございます。