「知る・わかる」違い なぜ「知っていません」とは言えないのか

「知る・わかる」違い

L15「知る」  L9「わかる」
挑戦的な学生がクラスにいて、その学生が習っていない言葉をよく提出物に書いてきました。挑戦的で私は好きなんですが、残念ながらほとんど間違っていました。例えば
Q:次の日曜日どこへ行きますか
Q:いつ国へ帰りますか
という質問に対して彼が答えた自由回答は
A:まだ知りません
「知ります」はまだその時点では未習です。しかし彼は問題に挑戦してみたかったのでしょう、果敢に使ってきました。

その時点での正しい答えは「どこも行きません」「図書館へ行きます」などですが、「まだわかりません」でも〇でしょう、あまり書いてほしくない答えですが。
どちらにしても「まだ知りません」という答えは不適切、とは言えない場合もありますが、違和感があります(これについては後述します)。

では、タイトルの「わかります」と「知ります」の違いを例文で見ていきましょう。

〇説明を聞きましたが、まだよく使い方がわかりません。
×説明を聞きましたが、まだよく使い方を知りません。

A:×彼の電話番号、わかってるけど、今は知らないなあ
B:〇彼の電話番号、知ってるけど、今はわからないなあ
(↑わかっている=Aの文は覚えているのに知らないという事になってしまう)

C:〇妻の事は私が誰よりもわかっている
D:△妻の事は私が誰よりも知っている
(↑Dは言えなくもないが、妻という生涯の伴侶に対し、「知っている」ではよそよそしいので△)

つまり、「わかる」は中身・内面的なもの、理解が深いところにあり、熟知している。「知る」は外側・表層的な事を認知している、ミカンで例えるなら
わかる=身
知る=皮
ですから、「知る」があってから「分かる」という状態になるわけです。知る→分かる、の順ですね。

さて、ここで最初の

Q:次の日曜日どこへ行きますか A:まだ知りません

に戻ります。
「A:まだ知りません」という答えが正しい時とはどんな場合でしょう。それは誰かにどこかに連れて行ってもらう場合です。
次の日曜日に「自分」が何をするか、予定がないということではなく、自分がどう動くのかわからない、という意味になってしまい、変な文になってしまいます。しかし、「誰か」がどこかに日曜日連れ行ってくれる予定はあるのですが、その行先はまだ知らされていない場合、「A:まだ知りません」という答えが可能になります。

Q:次の日曜日どこへ連れて行ってもらうの? A:まだ知らないんだ

それから、意志動詞か無意志動詞かも大変大きな違いです。
〇知ろう  ○知りたい
×わかろう ×わかりたい
ただ、意志か無意志かの判別は動詞の性質や付く言葉、文脈によってさまざまなので、一概には言えないことに留意しておきましょう。「わかろう」がアリという場合もあるでしょうし、実際に聞いたことも私はあります。

参考1:「わかろう」使用場面
上司:また同じ間違いしたの?もういいかげんわかろうよ・・・
参考2:意志・無意志同形
7時に起きます  事故が起きます
笛を吹く  風が吹く
参考3:「~なかった」の形にしてみる
日本人ならばこの形で違いがわかる
「それは知らなかった」 :以前はそれについての知識がなかったが、その瞬間からその知識を得た
「それはわからなかった」:理解できなかった

なぜ「知っていません」とは言えないのか

ここから文体を変えます。

◆知る=瞬間動詞
「知る」は瞬間Vである。知る瞬間があって以降、その『知った状態』が続いているというわけである。これはL15の結果状態「結婚する」や「持つ」などと同様の用法である。結婚した瞬間、持った瞬間から、それらの状態が継続しているのだ。
・結婚している
(↑ちょうど今結婚ingという訳ではなく、結婚した状態が結婚した瞬間から続いている)
・持っている
(↑持った瞬間からry)

◆知る=意志動詞/無意志動詞
A警察が犯人を探す際、聞き込みで現場の周辺の人に犯人の写真を見せながら
×この人がわかりますか 〇この人を知っていますか
B来日留学生の言葉
〇私は日本語がわかります ×私は日本語を知っています
C日本語は基本的なあいさつや簡単な自己紹介を知人の日本人に教えてもらった程度のアメリカ人
×私は日本語がわかります 〇私は日本語を知っています
D道を歩いていて、井戸端会議中の人達が「デラックス銀行潰れるらしいわよ」と耳にした
×私はデラックス銀行が潰れる事がわかる 〇私はデラックス銀行が潰れる事を知っている

◆以上ABCDからわかることは、
・わかる:意識の深いところで理解している
・知る:意識の浅いところで認識している
Aは犯人の性格を詳しく知っているかを警察は聞いているのではなく、偶然見かけたか、偶然耳にしていないかを聞いている。これが例えば犯人の親族や同僚などなら、「わかりますか」となる。
Dが「知る=意志V」の裏付けとして最も適当な例文で、偶然通りかかったところで、偶然聞いた。詳細はわからないが、潰れるという事実だけは知っているのだ。これは聞こうとしたわけではない。つまり、無意識に耳に入ったのだ。しかし、
Cは意志V、無意志V、どちらともとれる。その人が知人に習おうと思って聞いたのなら「知る=意志V」であるが、知人が日本人と話しているところを偶然見て、それを何度か聞いている内に自然と覚えたのなら「知る=無意志V」である。

ここで一度、L15の結果状態で用いる動詞を意志Vか無意志Vかで分けてみる。
E結婚する・持つ・住む:〇意志V ×無意志V  →テイマセンの形にできる
F知る        :〇意志V 〇無意志V  →テイマセンの形にできない
肯定形ならばEもFも意志Vなので、その動作の結果をテイマスで状態として表すことができるが、問題は否定形である。意志を持って『行わなかった動作』には結果がある(だから「結婚していません」と言える)が、意志を持たず『行わなかった動作』には結果がない。
なぜこうなるのかは、知るの『意志・無意志の両方の性質を持ち合わせる』特質性にある。

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