オリジナルを作りたがる新人日本語教師

タイトルが批判的ですが、オリジナルを作るのが悪いという訳ではありません。

以前、授業見学をした際に、アニメを題材にして導入をしている先生がいらっしゃいました。確かに、そのアニメ自体はとても有名で、その方も、これなら外国人でも知っているだろうと思って実施したのでしょうが、結果として、学生は盛り上がらずぐだぐだの結末を迎えました。

なぜウケなかったのか

では、なぜせっかく時間をかけて作った教材が学生に受け入れられなかったのか。原因を考えてみましょう。

知名度

有名なアニメと言いましたが、それは飽くまで日本ではという事に尽きます。学生も知っている人と知らない人で温度差があり、そんなクラスには必ず”ざわつき”が生まれてしまいます。

T:この主人公はね
S:ざわざわ
T:それでこの女の子を
S:ざわざわ
T:ちょ、ちょっと静かに

見ていて辛いものでした。

教師の準備不足

初めての教材を初お披露目という事もあり、教師もうまくクラスを回せていませんでした。上記のようになることをいくらか予想できていればまだよかったのですが、恐らくここまで収拾がつかなくなるとは思わなかったのかもしれません。

学生を一点に収束する力とアイテム、未習語に対する適切な答えなどをPCなどでしっかり準備していればもう少しいい授業ができたと思います。

未習語過多

多すぎます。一つ一つ説明していたらキリがないぐらいに。未習語の扱いは
未習語が使える条件は2つ
という投稿にまとめてありますので、説明は省きます。

リマスターではなく、リメイクを

最初にも言いましたが、作る事自体はとても素晴らしい事です。とても精力的で、学生もオリジナリティ溢れる教材を見て、「この先生はしっかり準備している。他のテキストをなぞるだけの教師とは違うZE!」と、口には出してくれませんが、ちゃんと評価しています。
ただ、おもしろくしようと努力した結果、失敗しても成功しても授業後にその教材に手直しを加えるなり、思い切って捨ててしまうなりして改善を常に図ることは忘れないでください。

それから、かなりきつい言い方になってしまうのですが、新人の頃に作っている教材は全てゴミだと思うぐらいでいいです。教材を”財産”と呼んでしまうと、捨てる決意が鈍ってしまい、「せっかく時間かけて作ったのに捨てるなんてもったいない」と出来損ないの教材をまた授業で実施してしまいます。

私も昔はやたらとオリジナル教材を作りたくて、夜な夜なゴミを量産していましたが、今ではそれを半分ほどはリメイクしています。半分は捨てました。時間が経ってその教材を見直した時に「なんだコレは」と経験を積むと思うのです。「こんなもの使えない」と。

アイディアは活かしつつ、リマスターもいいですが、リメイクで1から作り直す決断も時には必要です。

オリジナル教材の利点

なんといってもレベルの調整ができるということに尽きます。もちろん他にも利点は山ほどありますが、長くなるので割愛。今回は読解を例にとり説明します。

「近年、政治に対し興味を持っている若者が減少してしまった。若者のための政策を政治家が出さないからである。現在日本は少子高齢化社会で、何度選挙をしても、高齢者が多いため、高齢者のための政策を打ち出す政治家が有利になってしまうという恐れもある。」

という読解を作り、Aクラスで実施します。別の日に同じ読解をAクラスよりレベルの低いBクラスで実施しようとする場合、上の読解を

「最近、政治に対して興味を持っている若者が少なくなった。若者のための政策を政治家が出さないからだ。今日本は子どもが少なくなっていて、何度選挙をしても、おじいさんやおばあさんが多いため、高齢者のための政策を打ち出す政治家が有利になる心配もある。」

のようにリマスターすることで、実施することができます。手間は大変かかりますが、登場人物を教師自身にしたりもできるので、おもしろい教材ができます。

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